第299回東洋史談話会(2021年6月4日開催)

題目:宋代学記の変遷

報告者:梅村尚樹(北海道大学大学院文学研究院 准教授)

要旨

本報告は、地方官学を建設あるいは改修した際に、それを紀念して書かれる文章である学記に焦点を当て、宋代を通じて学記に書かれる内容がどのように変遷したかを分析し、当時の社会において学記の持った意義を論じたものである。学記を含む記という文章ジャンルは、地域社会における士人層の活動を分析するためにしばしば用いられる史料群であるが、それらがどのような経緯で書かれ、保存されたのかという点について、これまで十分把握されてこなかった。そこで本報告では、学校という公的性格の強い建築物を紀念して書かれた学記を取り上げ、『全宋文』に収録される宋代の学記、約五〇〇篇について、その書かれた経緯、すなわち誰の依頼によって、どのような立場の人が、いかなる目的で書いたのかという視点から分析を行った。
その結果、学記を依頼されて書いたのは、当時文名の知られた人が多い一方で、建学・州学事業の当事者である地方官員が自ら書く場合も少なからずあったことや、北宋期よりも南宋期の方が、地縁によって地元の人に執筆を依頼する比率が高まることが明らかになった。また内容面から見ると、北宋中期から後期にかけては、学校に対する理念を表明した「議論体」の学記が多く、学記には自らの理念を表明し、議論を促進する媒体としての側面があった。しかし全国に学校が整備され、地域社会に定着していく北宋末から南宋初期以降には、学記に書かれる内容は、その土地における学校の歴史を記録することへと徐々に比重が移っていき、学校に関わる人々がその歴史を共有するための、可視化された記録としての側面が強くなってくる。このような記録としての学記は、後世に文章の模範とはされなかったが、当時の地域社会にとって欠くべからざるものとなっていたことがうかがえるのである。