第308回北大東洋史談話会(2023年6月30日)

題目:「現地」で研究するという事―マドリード在外研究報告―

報告者:高橋 稜央(北海道大学文学院 博士課程3年)

要旨

報告者は2021年10月から2023年3月まで、若手研究者海外挑戦プログラムと特別研究員奨励費の助成を受け、マドリードに滞在した。本報告は、イベリア半島におけるイスラーム支配地域であるアンダルスの歴史を、イベリア半島の都市、マドリードで研究することの意義に焦点を当て、滞在中の経験を纏めたものである。
 スペインにおけるアラブ・イスラーム史研究の現状については、報告者が在籍した学術高等研究機関(CSIC)人文社会科学研究センター(CCHS)の地中海・中近東言語文化研究所(ILC)とマドリード自治大学、グラナダ大学が好例である。伝統的な文献学と歴史学という二つの分野における区別が解体される方向にあり、現在は学際的なアプローチから、キリスト教徒、イスラーム教徒、ユダヤ教徒達の歴史を幅広く、地中海の文脈で研究しようとする枠組みの設定が目立つようになった。その中でも、スペインの各地では、伝統的な枠組みの中で、その地域的特色を活かした大学の課程を設置するような動きも見られる。次に、「アンダルス」の歴史を研究するにあたって、「現地」とはスペインなのか、「現地」で研究する意義はなにか。イベリア半島に位置するポルトガルや、アンダルス史と繋がりの深い北アフリカ諸国の例も挙げつつ、それぞれが別の切り口で「アンダルス」を引き継ごうとしている。しかし、「現地」とはなんなのか、どこを指すのか明確に結論づけることはできなかった。「現地」はある歴史を引き継ごうとするそれぞれにおそらく存在し、どれかが「正統」ということではない。必要なのはそれぞれが持つ特徴を活かして・同時にそれに注意しながら学び、研究することであるという点を述べるに留まった。報告の最後に、短期長期に拘らず、今後在外研究・留学を目指す学生に向けて、滞在中の生活や史料調査の様子について簡単に纏め、調査の成果として複写してきた写本を紹介した。