題目:「前近代モロッコ・スーフィズムにおける神秘主義思想研究の可能性:聖者論の分析から」
報告者:棚橋由賀里(日本学術振興会PD)
要旨
本報告では、報告者の現在に至るまでの研究紹介をおこなった。まず、イスラームにおけるスーフィズムという営為について解説し、スーフィズムが神秘主義や聖者崇敬や道徳といった様々な側面を持つものであることを示した。次いでおよびその担い手であるスーフィー集団の歴史上の影響力について解説し、報告者のフィールドである15–16世紀モロッコにおけるタリーカ・ジャズーリーヤのスーフィーたちの社会活動に関する研究紹介をおこなった。先行研究における同タリーカは、同時代史料の不足や植民地期以降の「スーフィー教団」化したタリーカ像の当てはめから統一的な政治・社会思想を共有する集団と捉えられてきた。しかしスーフィーたち自身の著作や比較的同時代に近い伝記資料の分析から、彼らはむしろそれぞれ異なる問題意識を持ち、単独〜少人数で当時のモロッコを覆っていたスーフィーによる民衆の煽動、民衆の信仰実践の乱れ、農村の荒廃といったさまざまな問題の解決にあたっていたことを示した。
最後に、現在の研究である題目の内容を論じた。これまで聖者崇敬との結びつきが注目され、歴史研究や人類学研究の対象となってきたモロッコのスーフィズムに関して、神秘主義に力点を置いた思想研究からもアプローチできる可能性がある。報告者は、タリーカ・ジャズーリーヤの第3世代のスーフィーであるアブドゥッラー・ガズワーニーの神秘主義思想著作を取り上げ、彼がスーフィズムにおける聖者の頂点として示した「鐘」の概念についての分析・考察をおこなった。鐘の概念は、従来から預言者ムハンマドのハディースおよび14–15世紀のバグダードで活動した著名なスーフィーであるジーリーに源泉があることが示されてきたが、本報告ではガズワーニーの師の師であり、タリーカ・ジャズーリーヤの名祖であるムハンマド・ジャズーリーも鐘の概念に言及していることを示した。さらに、預言者ムハンマドおよびジーリーに見られる鐘の概念は、神からの啓示・開示と結びつき、それを聴く人間に恐怖を与えるものだったのに対し、ジャズーリーおよびガズワーニーの言及する鐘は聖者を指し、中立的あるいは救済としてのイメージを持つなど、性質も大きく異なることを明らかにした。鐘の概念の追究は、モロッコの神秘主義思想の特徴の解明につながる可能性を示した。
題目:「アルジェリア訪問2025雑感」
報告者:佐藤健太郎(北海道大学大学院 文学研究院 教授)
要旨
報告者は、2025年9月にアルジェリアを訪問する機会を得ることができた。本報告では、地勢との関わりを中心に、訪問中に考えたことを紹介した。報告者は長年マグリブ・アンダルス史を学んできたにもかかわらず、これが初めのアルジェリア訪問である。そこで、訪問の主要目的を土地勘を身につけることと設定し、そのための予備作業として、11世紀の地理書『諸道諸国の書』(al-Bakri, Kitāb al-Masālik wal-Mamālik)を用いて、地勢と歴史的な交通路について整理した。現在のアルジェリアに相当する地域には、アトラス山脈とその支脈が複数走っており、山地は地中海沿岸にまで迫っている。したがって、主要交通路は狭隘な沿岸を避けて内陸に山地に沿って東西方向に走っていた。海港へは主要交通路から枝分かれする山越ルートか、海港同士をつなぐ海路でアクセスする他なかった。そうした地理的前提を踏まえたうえで、本報告では、アルジェリアの諸都市や都市間交通路の景観を説明した。また、イブン・ハルドゥーン自伝を地勢との関わりから読み解くことも試みた。
題目:「エジプト滞在記」
報告者:加藤さえり(北海道大学文学院 修士2年)
要旨
報告者は、2026年の2月8日から3月8日にかけて、主に史料調査を目的としてエジプトに滞在した。本報告では、コプト正教会総主教座(カテドラル)内にある2つの図書館やエジプト国立図書館等、カイロに所在する図書館の最新の利用方法や所感を発表した。その他、コプト博物館や大エジプト博物館、アレクサンドリア等の観光についても報告した。また、エジプト独特の図書館ルールやラマダーンといった現地の習慣を体験するとともに、イラン情勢による帰国便の変更や狂犬病リスク等の数々のトラブルにも直面した滞在でもあった。