題目:「現地」で研究するという事―マドリード在外研究報告―

報告者:高橋 稜央(北海道大学文学院 博士課程3年)

要旨

報告者は2021年10月から2023年3月まで、若手研究者海外挑戦プログラムと特別研究員奨励費の助成を受け、マドリードに滞在した。本報告は、イベリア半島におけるイスラーム支配地域であるアンダルスの歴史を、イベリア半島の都市、マドリードで研究することの意義に焦点を当て、滞在中の経験を纏めたものである。
 スペインにおけるアラブ・イスラーム史研究の現状については、報告者が在籍した学術高等研究機関(CSIC)人文社会科学研究センター(CCHS)の地中海・中近東言語文化研究所(ILC)とマドリード自治大学、グラナダ大学が好例である。伝統的な文献学と歴史学という二つの分野における区別が解体される方向にあり、現在は学際的なアプローチから、キリスト教徒、イスラーム教徒、ユダヤ教徒達の歴史を幅広く、地中海の文脈で研究しようとする枠組みの設定が目立つようになった。その中でも、スペインの各地では、伝統的な枠組みの中で、その地域的特色を活かした大学の課程を設置するような動きも見られる。次に、「アンダルス」の歴史を研究するにあたって、「現地」とはスペインなのか、「現地」で研究する意義はなにか。イベリア半島に位置するポルトガルや、アンダルス史と繋がりの深い北アフリカ諸国の例も挙げつつ、それぞれが別の切り口で「アンダルス」を引き継ごうとしている。しかし、「現地」とはなんなのか、どこを指すのか明確に結論づけることはできなかった。「現地」はある歴史を引き継ごうとするそれぞれにおそらく存在し、どれかが「正統」ということではない。必要なのはそれぞれが持つ特徴を活かして・同時にそれに注意しながら学び、研究することであるという点を述べるに留まった。報告の最後に、短期長期に拘らず、今後在外研究・留学を目指す学生に向けて、滞在中の生活や史料調査の様子について簡単に纏め、調査の成果として複写してきた写本を紹介した。

題目:オスマン朝-ヴェネツィア間の「海賊」処罰と前近代オスマン刑法

報告者:末森 晴賀(日本学術振興会特別研究員PD)

要旨

 前近代オスマン朝-ヨーロッパ関係史の中で、主に海上で船舶や人間を相手に掠奪を行う「海賊」は、主要な問題の一つとして取り上げられてきた。オスマン朝は特定の国にアフドナーメと呼ばれる外交文書を付与することで、その国に属する人間の安全や商業特権を保障していたが、そこには「海賊」に関する規定も含まれていた。アフドナーメの「海賊」に関する規定の時系列的な分析や、実際の「海賊」案件におけるその適用については、これまで先行研究や報告者の研究の中で明らかにされてきた。他方で、アフドナーメに基づく分析はオスマン朝の対外関係の分野に留まり、オスマン朝の国内統治とどのような関係にあるのかについては検討されてこなかった。そこで、本報告では対ヴェネツィア関係を中心に、「海賊」処罰と当時のオスマン刑法との関わりを検討し、オスマン朝の統治体制における「海賊」対応の位置づけを明らかにした。
 アフドナーメの「海賊」に相当するharamiの語は、イスラーム法の刑罰規定でハッド刑の対象となる「匪賊harami」と同じであり、イスラーム法に則る形で存在したオスマン朝の刑法では、「匪賊」に対しスィヤーセト(死刑・重い体罰刑)が科されることになっていた。「海賊」に関する規定が最初に登場した15世紀末のアフドナーメにおいても、「海賊」はスィヤーセトに処されることが定められている。ところが、16世紀前半に「海賊」規定が確立した際には、「海賊」に対して単に「処罰する」と決められただけで、その後のアフドナーメでも具体的な刑罰内容については特に定められることはなかった。
 ヴェネツィア側からオスマン人「海賊」に関する報告を受けて、オスマン朝中央政府が現地の地方官に対応を命令する際も、中央政府は勅令の中でアフドナーメの文言通り「処罰する」と指示するだけで、刑罰の内容については地方官の裁量に委ねられていた。命令を受けた地方官は、基本的にはオスマン刑法の「匪賊」に関する規定に則る形で「海賊」の処罰にあたった。それが17世紀後半になると、オスマン朝で幽閉の執行が対象の垣根を越えて広く適用され始めたことに伴い、「海賊」処罰においても中央政府が幽閉を指示するようになった。
 したがって、「海賊」を「匪賊」の範疇に含めるイスラーム法のあり方に則りつつ、オスマン朝でも対外的な「海賊」は社会秩序を乱す存在である「匪賊」の延長線上に位置づけられ、オスマン朝の刑罰をめぐる変化とも連動していたのである。

題目:調査報告(イスタンブルおよびボスニア)

報告者:小島一記(北海道大学文学院修士課程2年)

要旨

 2023年2月26日から3月17日まで、トルコ共和国イスタンブル及びボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦(以降、ボスニアと略す)、クロアチア共和国へ調査旅行に向かった。それを基に本報告では、主に文書館と図書館の解題、そしてコロナ以降の利用方法を軸とした報告を実施した。報告した機関は順に、イスタンブルについては大統領府文書館とイスラーム研究センターを、ボスニアについてはサライェヴォ大学東洋学研究所、ガーズィー・フスレヴベグ図書館、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ科学芸術アカデミーである。これらが所蔵する史資料の状況、及び施設の利用方法を報告した。

題目:ヨルダン留学体験記

報告者:地紙慎太郎(北海道大学文学部4年)

要旨

報告者は、2023年1月7日から2月3日までアラビア語語学留学としてヨルダンに滞在し、ローマ劇場、アジュルーン城、ジェラシュやペトラ遺跡、サルトなど重要な遺跡や街を訪れた。本報告は、そこで得た知見を写真やエピソードを交えて発表したものである。 留学を通してアラビア語の能力は向上し、現地の人脈も増え、ヨルダン人の友達と共に行動したことでイスラームの考え方や生活様式について直接体験することができた。また報告者の関心の一つであったユダヤ教徒(イスラエル)について、隣国のアラブの国であるヨルダンから眺めることができ、多くのムスリムの知り合いからイスラエルやユダヤ教徒に対する生の感情を感じ取ることができたのは非常に貴重な体験となった。

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